「特殊?」
「他人に干渉しない集団の村さ。当然子供もいない、恋仲の存在すらない」
ヴァイスがそう説明し、困惑する。
なんでそんな村がオーガナイズに存在するんだ? そもそも、干渉しない集団って、たとえそうであっても行方不明が出ている事に、個人的な恐怖とかは無いのか?
「村の連中らなど、どうでもいい。相手が干渉しないのなら、私達が寄り添う義理はない。さて……。この任務について、ティアラ。お前はどうする?」
「そ、それは」
「仇を取りたくないのか?」
あっさりと、話を切り替えられ、靄の掛かった気持ちに仇という言葉が上書きされる。横に立ち並んでいたティアラに視線を変えると、相変わらず、血相の悪い表情で俯いていた。
「ティアラ。誰の仇、なんだ?」
「……おねえちゃんよ。あの教会で……半年前イワスヒメに殺されたの」
身もふたもない俺の質問に、瞳を潤ませながら、震えた声でそう呟く姿に視界を狭窄させる。あの教会で、何をやっていたのか。理由が分かり、あの時から既に俺の身近では、邪神という存在に触れかけていた事実に慄然とさせた。
「なんの為に……」
「差し詰め、食事だろうな」
平然と答えるクトスに、俺の思考は追いつかない。
ミーコは契約時に言っていたじゃないか。記憶、感情を喰らうが、異常をきたさない程度にって、なのに殺してまで喰らう必要があるのか? そう言えば――。
「さっき復活って言ってたけど、一度は倒したって事だよな? どうやって復活したんだ?」
「……元々半年前に決着はついたはずだったのだ。このアウイナイトサーバーで闘技場を制するアビスという男に破壊された。が、しかし残りカス。いや思念体とでも言おうか。それらはオーガナイズのサーバーデータの中を漂い、監視の目を避け、オーガナイズをプレイしなくなった空っぽのアカウントに潜り、残った感情の残留データを喰らい――」
「完全に元通りになったっていう事か?」
ヴァイスは銅色の目を伏せ、ただ頷いた。
「なんでまたイワスヒメはそんな事をするんだ? 人間に何か恨みでもあったのか?」
「……それについては話したくない」
「は?」
目を伏せたまま、そう呟き、俺は耳を疑う。根本的な部分を話したくないなんて、俺からすれば、動機を知らない敵をただ斬り捨てるだけになる。たしかに、ティアラの姉を殺したという事実はあるものの、調子が狂う一言だ。
「うんうん。まぁいい。取り敢えずはボワに潜入すればいいんだよな?」
「あぁ。だが、すぐに行動すると却って目立ち、イワスヒメに気付かれる要素になり得る。先に契約者ではないが、数日前からノイザが潜入してくれている。まず合流し、一週間かそこらは情報集めと、程々に近辺調査を進めてくれ」
「了解」
話が勝手に進んでいく中、ヴァイスの言葉にまだ引っ掛かっている俺は目を伏せていると、地面が盛り上がり始め、一本の刀が姿を現した。黒い鞘は一筋の青色の線が通り、柄は赤く、自然と手が伸びる。
「ハオ、それが神器、天叢雲剣だ。受け取れ」
「お、おう。神器って名前の癖に、こんなにもあっさりと手に入っていいもんなのか……」
しっかりと鞘の部分を掴み、苦笑しながらも左腰に身に着けている初期装備の刀に重ねるように刀を装備すると、ヴァイスは椅子から立ち上がり、杖を天にかざし出す。
「ボワまでは私が転送する。さぁ、話を戻すが、ティアラ。どうする?」
「……あたしは。行けません。ここに残ります」
迷う事なく、数秒で答えるティアラを横目で見ながら、俺は軽く息を吐いた。
当然っちゃ、当然か。いくら仇でも、相手は神だ。俺だって怖い。瞬殺されるかも知れない。俺はまだ神の強さなんて何も分かっていなし、俺よりもティアラは知ってるはずだ。そのティアラがこう言うって事は――相当なのか。
「そうか……。なら任務が終わるまではここに滞在するといい」
「あ、ありがとうございます」
ティアラはお辞儀をすると、クトスとミーコが俺を挟むように横に並びだし、ヴァイスは頷く。
「では、一週間の潜伏とはいえ、事は急ぐ。ハオ、クトス、そしてスサノオ。これより即座に調査任務を開始する」
「「おう!」」
「のじゃ!」
……のじゃって……なんだ?
――――――。
転送といってもボワに直で着く訳では無く、目の前に広がった光景は、樹海の何処かのようだ。クトスが言うには、最初からボワの村に現れるなんて、派手な動きを見せない為だとか。
時刻はまだ昼間のはずだが、樹海の中というのもあり、薄暗く、ぬかるみのある地面に気を付けながら俺達は前に歩き出していた。
「なぁ、クトス。なんでヴァイスは動かないんだよ。あいつも契約者だろ?」
足を止めるも、振り向く事もなく、クトスの声だけが耳に入る。
「契約者だね。……動かないんじゃなくて、動けないんだ。ETBEのルールってやつに縛られている。統括者が動く事態は他のサーバーの統括者がルールを破った場合のみだ」
「つまり、下手にルールを犯せば、他の統括者に殺されるって事か」
「その通りだ。統括者同士、下手に動けないように……。まったく、クソみたいなルールだよな」
溜息交じりにそう言うクトスの、発言の意外さに俺は笑みを浮かべた。
「へー。クトスもクソとか言うんだな」
「おいおい。当たり前だろ。どんな人物像を描いてたんだか。そんなんじゃ、この先がっかりする一方だぞ?」
今度は笑い口調でそう答えさっきまでの緊張が少し解れだし暫く歩くと、再び足を止めたクトスは振り返りミーコと俺は立ち止まる。
「よし、もう着くぞ。まずは泊まる部屋の確保と……開けた場所を探そう」
「なんで開けた場所?」
「おいおい。なんでってお前、手持ちのコンバートスキル少ないだろ? 俺と戦って、戦闘経験の数値を積めばスキルなんて解放されていく。今はこの少ない日数でお前をイワスヒメと戦える程に鍛え上げないとな」
「そんな事でもスキルって獲得できるのか……。わ、分かった」
ボワの村に踏み入ると同時に、ヴァイスからメールが届いた――。どうやら、ノイザは周辺の調査に出ていて、今は居ないらしい……。まずは宿泊先を探す所から始めようとした時、商いを先に見てくると言っていたミーコが血相を変えて、物凄い勢いで走り、こちらに向かってくる。
「ハオ! クトスよ! 大変なのじゃ!」
慌てるミーコに眉を顰め、俺とクトスは顔を見合わせると、案内される場所へと走り出す――。
「ハオ……これじゃ……これは一体……」
「これは……!」
次回 りんご飴
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