――ヴェガスに戻った。その現状への理解は俺を咄嗟に数メートル後ろに下がらせる。
「ほう。負の感情に当たっただけじゃったか」
片膝を着けた俺は今も心臓を掴まれているような恐怖感を味合わせる喉を震わせる声に、ゆっくりと顔を上げる。レースのような素材のドレスには胸元に深紅のバラが一つ。腰までの黒い髪が靡き、うっすらと青を帯びた黒い瞳は俺を見下げ、目が合うと笑みを浮かべた。
「……」
「久しいの。スサノオ。そこの坊主は……」
「イワスヒメ。寝込みを襲うとは肝が小さいの」
「ふん。勝ち負けに肝など関係ないわ。そんなものただのエゴじゃろうが」
なんだこいつ――。ミーコと知り合いなのか?
後ろに姿勢を低く構え、眉根を寄せるミーコを一瞥し、俺は神器ではない刀の柄を撫でる。頬を伝う汗に、鼓動の速さが集中力を阻害していると、先程の弱弱しい声が聞こえ出す。
「ハオ……。先の話は――」
「なんで。黙ってた」
「……いずれ話すつもりじゃった」
「いずれだと? ……お前が俺の母親を殺しんだぞ? よくもそれで契約なんて」
「そ、それは!」
「もういい。……こいつとは神器なしで戦う」
立ち上がり、天叢雲剣を腰から引き抜き地面に捨てる――。地面に落ちる音に、俺は今までのミーコとの思い出。りんご飴を食べる顔。心配をしてくれている顔。尊重してくれる顔。すべてが頭の中を駆け巡り、視界が熱くなる。
「無理じゃ! 今は――」
「騙してた奴の力なんて使うかよ。これを持って……どっかに消えてくれ」
ミーコは俺の仇。だけど、今はイワスヒメを優先するべきだ。優先しなければ……優先するんだ!!
「やはり、寺島 佳穂の息子か。よー似ておる」
「なんだ? お前も知ってんのか?」
どいつもこいつも。なんなんだよ……。
「あぁ、クトスというETBEの男もな」
耳を疑う。いや、そんなレベルじゃない言葉に「え?」と声が漏れる。イワスヒメは眉を下げ、首を傾げた。
「……そもそもお前の母親もETBEの犬じゃろうが」
次々と俺の知らない話に、頭の中がかき回され、戦う意思を一瞬忘れさせる――。もしそれが事実であれば、今まで沢山の人を殺していたオーバーキーラー達を見て見ぬふりをしていた連中の仲間という事になる。自分の親がそんな悪行をしていたなんて到底信じたくもない話だ。
「その面を見る限り……なんも知らないんじゃな。お前」
「ハオ……」
「何なんだよ。お前ら」
眦を吊り上げた俺は再び、刀の柄に触れる――。
「イワスヒメ……。お前が知ってる事全部聞かせろよ」
「……断る」
「そうか。なら……。無理やりにでも聞かせてもらう」
刀を引き抜き、強くうっそうとした地面を踏み込む――。その時。俺の頬を掠め、一本の槍が通り過ぎた。その槍はイワスヒメの顔目掛けて真っすぐに飛んでいくが、あっさりと首をひねり躱すと後ろの木に深々と突き刺さる。
「落ち着け!!!!」
後ろからの大声に、振り向いた俺の目に映るクトスの表情は息を切らし、眉を顰めていた。
「おいおい。イワスヒメ目の前に俺に対しても敵意満々とは――」
「お前。ETBEの人間なんだろ?」
その問いかけに、すべてを悟ったような見開いた瞳はゆっくりと閉じ、深い溜息を吐かせる。
「……そういう事か」
「なんで黙ってた!? 母さんを殺したのはスサノオって事も知ってたのか?」
「……」
開く瞳は下へと視線を下げ、沈黙するのみ。握る刀の柄により一層の力が入り、遂に涙が零れた。信頼する先輩契約者。信頼する契約した神。それらすべてが嘘だと信じたくない……それだけなんだ。
「嘘だって……言ってくれよ。頼むから」
「……この戦いが終わった時。しっかり話すよ。お前のお母さんの事も。スサノオの事も」
初めて見たクトスの弱り切った顔に、これが現実だと突きつけられる。
「く、そ!」
「イワスヒメ。俺とサシでやらねーか?」
「……いいじゃろう」
涙で目を伏せる俺を横切り、置き去りにするような言葉にクトスの背を目で追いかけた。
「なんで? 俺も!」
「……敵はあいつだけじゃない」
イワスヒメ
次回 付き従う者
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