「しっかし、アイドルかってくらいに可愛かったな! あの子」
「あんな寂し気な表情してる子を見て、アイドルみたいっていうのも変だぞ」
俺達は建物の中とは呼べないくらい壁が崩れ、入り口の扉すら無く、廃墟と化していた教会に到着した。一応の入り口から足を踏み入れると崩れた壁から吹く風に、狐耳を生やしたピンクのセミロングを揺らす女の子が、祭壇付近でしゃがんでいるのが目に映った。
彼女は暫くして立ち上がり、崩れた壁から空を見上げ長い息を吐息をして、崩れた壁から外へと姿を消したのだ。俺達は入り口の影からその様子を見ているだけしか出来ず、彼女が居なくなってから祭壇裏に地下へと続く通路を見つけ、一定の間隔を開けて松明が壁に取り付けられた真っすぐの道を今歩いている。
「そうかー? そういうハオは片時もあの子から目を離さなかったじゃねーか」
「そ、そんな事ねーよ」
「あぁ、俺も早く自分の店開いて、可愛い子と付き合いてーなー!!」
「ったく、どっちが優先なんだか……」
少し先を歩くライムに俺は顔を熱くしながらも、横に並ぶように足を速める。
「そりゃ、店が一番だけど……。俺さ、さっきみたいに店長にどやされるし、不器用で自分が料理人不向きなのも分かってんだ」
「は? 何言ってんだよ」
俺が苦笑するもライムは微笑みながら、前を見据えて更に続けた。
「でもよ。初めて作った料理をお袋は泣いて喜んで食べてくれたんだ。自動調理機能を使わないで、張り切って自分で作った焦げた目玉焼きにだぜ?」
「なる、ほど……」
「だから……次はちゃんとした料理を食べてもらって、こっちが泣きたくなるような笑顔にさせたい。勿論他の人も笑顔にしたいんだけどな」
溜息と共に尻すぼみするライムを横目に俺は頬を掻きながら、面映ゆい気持ちで口を開く。
「その……ライムが店開いたらまずは俺に飯食わせろよ。本当にうまいか心配だしな」
「……俺はそっち系には興味ねーぞ? 俺は女の子が好きだ。大好きだ」
「馬鹿! そんなんじゃねーよ! ただ、目標もない俺にとってはそれが目標になったり……するんだよ」
「……冗談だよ。分かった! じゃぁ、お前が一番に食べてくれな」
「おう……!」
ライムが鼻で笑った後、互いに微笑み合っていると、遂に一本のまっすぐな通路は終わりを告げるように開けた広間が見えだした。
「お! あそこに宝箱があるんだよな! お先!」
「お、おい! ライム待てよ! 山分けだろ!?」
その先で、出会ったんだ――。広間の中心まで駆けるライムに俺も着いていくと、後ろから喉を揺らして話すような低い声が聞こえる。
「もしかして君達も地下教会のクエストを受けたのかい?」
振り返るとそこには不潔さが滲み出る大男が、入り口付近の壁に寄り掛かり、目を瞬かせながら首を傾げていた。
「あぁ、そうなんだけど。宝箱が無いって事は……ハオと俺以外に」
「うん。そうなんだ。多分少し前に誰かがここに来て宝箱を開けたんだろう。僕はここで新しく湧くのを待ってるんだ」
大男は溜息交じりにそう答え、ライムは「困ったな」と赤毛の頭を掻いていると更に大男が続ける。
「君達初心者だろう? 一ついい事を教えてあげる。とても役に立つ情報だから」
「お! まじで! そうなんだよ。俺達まだ数日しか遊べてないからさ! いい情報は助かるんだよな!」
ライムは微笑む大男の元まで走り出し、目の前に立ち止まった瞬間――。大男の表情は一変し、血走った両眼を見開き、歯茎を見せる。
「実はこの世界で……人を殺せるんだ」
「え?……ひっ――」
後ろに一歩下がったライムの頭には次の瞬間、鉈が喰い込んでいた――。
「ひゃはっ! ひゃはははははー!!!!!!」
大男はライムの頭に喰い込んだ鉈を引き抜き、大きく振り上げ――振り下ろした――。
「そんな……訳ないだろ。出来るわけない」
――崩れかけの天井を仰ぐように見上げ、一時間前の記憶に潤む視界を細め、歯を食いしばる。震える体に力を入れて、無理矢理に震えを抑えた俺は左腰に身に着けている刀の柄に右手を伸ばした。
「てぇぇぇめぇぇぇぇ!!!!!」
死ぬなんてありえない。ただ少ない日数を密に共にした友人が、立派な夢を持つ友人が……未だに何度も切り刻まれている様に耐えかねた俺の足は遂に前へと踏み込ませる。
「そう急かすなよ。すぐにお前も殺してやるからよ……お? リンクシステムの光が消えたぜ? もう生きている人と認識していない証拠だ! ひゃはっ! ひゃははははっ!!」
向かってくる俺の姿を見た大男は鉈を振り上げたまま、甲高く狂ったような笑い方でライムを見下ろす。その瞬間――。耳に突き刺さるような大音量のアラート音が鳴り響き、走り出した俺の目の前には赤いウィンドウが表示され、目を見開いた。
『緊急通知・リンクシステムの連絡先に、追加されているライム様が十三時二十分頃、お亡くなりになりました』
「は? ……なわけ、ない。嘘だ……」
「お? リンクシステムの死亡通知か。便利だよなー」
走り出した俺の足は突如目の前に現れたウィンドウに阻まれたように踏みとどまる。少ししてウィンドウが消えた先にこちらを見詰める大男を睨み、息が詰まる中、口を開く。
「……そい、つには夢があった。立派な夢が!」
「だからぁ何だ? そんなの気にしてたら、誰も殺せねーだろ。それに急に夢の話なんて、気持ちの悪い……。もしかしてお前、こいつに憧れてたのか?」
憧れ……。その言葉に俺のほんの一瞬の顔の歪みを大男は見逃す事なく、心の中を覗き込むようにニンマリと笑みを浮かべる。
「図星かよぉ? いやその目、お前……夢があるこいつに縋ってたのか!? だっせぇぇ!!」
柄に触れていた右手の力が抜け「違う」と呟き、目を伏せると大男は腹を抱えて笑いだした。
「いひひひひっ!!! これは面白い! 縋って、未来の居場所作った場所が壊れたのか! 壊したのは俺様! すまんな! せっかくの縋り場所壊してよぉ!?」
「違う! 違う違う違う!!!!! そんなんじゃない! ライムには心の底からやりたい事があったんだ! 人殺しのお前に何が分かんだよ!」
「違わねーな! 今お前が何て言ったか分かるか? ライムには……だぞ? 認めてんじゃねーか! 自分がクソも入ってない空っぽの人間ですってよ! お前……一体何に怒ってんだ? このライムって奴の弔いか? 自分の縋り場所を無くした事にか?」
大男の罵声に眦を吊り上げ、鞘から火花が散る程の勢いで刀を抜き横上段に構え、力一杯に踏み込み、叫ぶ――。
「だぁぁぁまぁぁぁれぇぇぇ!!!」
大男は上唇を舐めると振り上げていた鉈を中段に構え、首の骨を鳴らしながら変わらず笑みを浮かべた。その表情に俺は更に足を速め、更に声を張り上げる。
「コンバートスキル!!! 羅刹・黒歯!!!」
「……ん? なんにも起きねーじゃねーか」
確かに現時点では発動するトリガーがない。発動する為には俺が――!!!
「おおお!!!!」
「ちっ! 良く分かんねー小細工したみたいだが、レベルがちげーんだよ! ゴミ!!!」
正面から右片手で振り下ろす刀に、大男は鉈を振り上げ、大きな火花と共に振り下ろしたはずの刀は上段の位置まで弾かれ、手には鈍い痛みが走る。
「……!」
「コンバートスキルを使うまでもない……終いだ」
低く、耳に残るような声で奴がそう言った瞬間——。振り上げていた鉈で、俺は右肩から左腰にかけて斜めに深く斬りつけられる。肉の裂ける音に鎖骨、あばら、腸骨まで砕けるような感覚……それで終わる事は無かった。振り下ろした鉈の柄をくるりと回し、斬り上げ――左腕を吹き飛ばされる。
「あ……あぁぁぁ!!」
激痛に涙が溢れ、すぐにその場で膝を折り、地面に額をぶつける。刀を手放し、切り落とされた左肩を右手で押さえながら藻掻く俺の姿に大男は腹を抱えて笑いだした。
「これは傑作だ坊主! いやはや絶景!!! ひゃははっ! ひゃはははははー!! あーっははははは!!!! 笑い死ぬ!!!! あ? あぁ、死ぬのはお前だったな!」
俺は……助けたかったんだ。俺の為? いや……そうじゃない。友達を……助けたかった。ライムが店を開いて――。俺は飯食って、隣ではライムの母さんが微笑み、それを見たライムがやり切った笑顔で泣いてる姿を――俺は見たかった。力さえあれば――。そう、力さえあれば――!!
俺は死に際にして渇望した――。緩やかに暗くなる視界を前にして強く渇望した。
——きて。
起きて。ハオ……。
誰かに呼ばれた気がする。それも近くで呼ばれる感覚だ――。
子供の様な高い声に目をゆっくりと開けると、俺は海の上に立っていた。果てしなく続く海の水平線に見上げれば、空には雲一つないし風すら感じない。次に視線を落し、波紋すら起きない水面に反射する自分の姿を見ながら左腕が元に戻っている事に気付き、驚くもすぐにここが何処か悟る。
そうか。ここが死後の世界ってやつか――。
「遂にこの世界に来てしまったか……ハオよ」
?????
次回 契約
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