ステータス画面を閉じて席に戻るとアリシアが「どうだった?」と訊いてきた。
「とにかく励ましたら調子が戻ったと思うよ、明日は一緒に用事をするからその時に慎重にフォローするよ」
「そ、なら良かった、次からはちゃんとしてね、私だけじゃなくてあの3人も心配するから」
「分かったよ、あの3人はどうしてるんだ?」
「ミスリットとシャルロッットは山で山菜を取りに行って、ショウヘイは確か、友達の家で相談をしに街に来ているわね」
ショウヘイが友達の家で相談をしに街へ?これはカトレアさんと自宅デートだな、間違いない。
まあカオルの件は取り合えず一安心した俺は、コーヒーを一飲みして食ってる途中だったグリルチーズサンドを再び食べ始めた。
グリルチーズサンドは冷め始めており、出された時にはあったチーズのとろみと香りは消え失せつつあったが、一齧りして口に入れるとチーズとパンの味の良さは消えておらず、パンの外側に隙間なく塗ってあるバターの香りが強く漂う。
率直に答えるとかなり美味しい!
チーズは3か4種類を使用していて、その内の一種類にブルー系のチーズであり、少々入れてることでブルーチーズ特有の臭みと苦みがを飽きさせない。
うん、旨い!
この店の最安メニューの1つであり、看板メニューでもあるから長続きしてるのはこれのおかげだろうな。
1つで130ポルドでこの美味しさだから、もう1つ頼みたいのだがコーヒーも一緒に頼んでしまったため、お財布の事情を考えてしまうと頼むのにどうしても躊躇しちゃう。
そしたら黒いエプロンを纏った店員さんが、大きな料理を両腕に支えてこちらのテーブルに運んできた。
覚えのない料理に俺は驚いて目を細めたが、店員さんは顔色を1つも変えずに笑顔で対応した。
「お待たせしました、こちら食パンのタワーグラタンと、ピラミッドパンケーキのアイス添え、サラマンロブスターの丸ごとフライに抹茶小豆ジョッキパフェになります、御注文はこちらで合っていますでしょうか?」
店員さんの声にアリシアとソフィーが透かさず手を上げて。
「はい、だいじょうぶでーーす、パンケーキとパフェは私で」
「後はこっちです」と2人は答えて注文の品を落とさないように取ってテーブルに置いた。
頼みすぎだろお前ら!!
しかも注文したやつ全部馬鹿デカいからテーブルがこれで一気に埋まってしまったじゃないか!
この2人、俺がカオルにボイスチャットに掛けて励ましてる間に、アホみたいにこんな物を頼んだのかよ!
「おいこんなに頼んで大丈夫かよ?ソフィーは別にいいが、アリーは今は金が無いだろ?これを払う金なんて持ってきてないだろ?どうするんだ?」
俺の質問責めにアリシアは俺より目の前にあるグラタンに集中して、余裕の表情で言い返した。
「大丈夫大丈夫、今回は全部ヒビキ君の奢りなんだから」
「は?」
「だから奢りよ、お・ご・り、だってこれを持っていたから私」
そう言うと服の内側ポケットから、手のひらサイズの紙の束を取り出して扇子のように広げて見せびらかす。
紙に書いてある文字を見ると、「なんでも言うこと聞いてやる券」と書いてあった。
「あの、これは何?」
「なんでも言うこと聞いてやる券よ」
「いや、そういう意味で聞いたんじゃなくて」
質問の訂正を行おうとした時、パフェを頬張っていたソフィーが割ってきた。
「なんかこれね、ヒビキとなぎちゃんが転生した年にね、アリーをナンパする時に使ってたみたいなのよ、」
「え?どういう事ですか?」
言っている事は解るけど、脳の処理が追い付かなくて逆に意味が解らなくなって、つい丁寧語で聞き返した。
「だから、昔ヒビキがこれをナンパの道具としてアリーを釣ろうとしたのよ」
ナンパ?これで?ヒビキがアリシアを!?
こんな、お母さんの事が大好きな子どもがプレゼントするような代物をでか!?
ヤバイ!脳が理解を拒否し始めている!
2人が言ってるのは真なのか、俺は視線をヒビキに巡らせて反応を確かめた。
今のヒビキはさっきのような関西弁という、日本の1つの言語で喋っていたような明るさは失っていて、虚ろな目で顔をうずくまっていた。
「渡すんじゃなかった」後悔の念まみれの小言を呟いた。
ヒビキ、お前、これでナンパとか流石にねえよ!
10才にも満たない子でもまともな事はするぞ!お前20だろ?黒歴史を創作したらだめだって!
「はい、これ」とアリシアが俺に券を複数枚差し出す。
「あなたもこれを使いなさいよ、お金に困ってるでしょ?」
これを見たヒビキは、生気の抜けた声でもがくように抵抗する。
「ちょ、待てよ、これはお前の為にと思って作ったんだぞ、それをばら撒くのかよ」
うわ、いつものの関西弁じゃなくなってる。
「そうそう、キリヤも使いなさいよ」
ソフィーが便乗するかのように、券をちらつかせた。
「ホンマに辞めて」と嘆くヒビキと券の誘惑を惑わすアリシアとソフィー。
俺はここで悩んだ結果。
「すみません、グリルチーズさんどを2つください、あとコーヒーをもう1杯」
ヒビキは両手で顔を防いで、獣のような低い喚き声を上げた。
追加で頼んだグリルチーズサンドとコーヒーが届いた時は、アリシアとソフィーは先に頼んでいた巨大料理はもう半分近くまで食べていた。
なんでも言う事聞いてやる券で財布と精神に大ダメージを受けたヒビキはというと、オレンジジュースとホワイトケーキを頼んでため息を吐きながら口に運んでいた。
それを見たソフィーはヒビキをフォローする。
「まあ、ヒビキは金持ちだから、これぐらいどうってことはないでしょ?」
「あるわ!めっちゃ普通にあるわ!!帰ったらまたなぎに叱られるんやぞ!」
これ全然フォローになってないな。
でもソフィーの言葉通り、ヒビキはこの4人の中じゃ一番金を持っている。それも大金持ちだ!
日本人はこの世界に転生する時、何かしらの力か、産物をこちらに持ってくるのだが、ヒビキが持って来たのは金だ。
カオルの60万ポルドのような易しいもんじゃない、こいつがこの世界に持って来た額は、5憶ポルドだ!5億だぞ、5億!それにアリシアたちが住んでるボロ小屋から少し離れたダンジョンがあり、転生時にいっしょに来たなぎと、このダンジョンの所有者になっていたんだ!
その時はハタラケヤどころか、周辺一帯の街にも知れ渡って大きなニュースになっていた。
手に入れた5億ポルドとダンジョンを上手く利用して、3年間でその10倍である50億ポルドまで増やしたとんでもねー奴だ!
月に50万以上も貰える高級取りである受付嬢のソフィーでさえ、ヒビキの前じゃ月とスッポンだよ。
フォローがなっていなかったソフィーを、アリシアが嗜む。
「ソフィー、相手が金持ちだからってね、当たり前のようにたかるのは間違ってるわよ」
「お前が言うなや!この乞食勇者!!」
ヒビキの怒りのツッコミの頬つねりがアリシアを襲う。
「いたたたたたたい、ごめんなさい」
アリシアが謝るとヒビキは頬を放した。さっきまで亡骸のような状態だったはずが、アリシアの一言で別人のように復活したヒビキは息を粗々しく吐き、深呼吸をする。
「ハアァッ!あのなお前らなええ加減にせえよな、ホンマに感謝しとるんか?」
「俺は凄く助かってるよ、本当にお金が困ってた時だったから」
俺は先に感謝の意を述べる、それを受けたヒビキは口元が緩んで微かに微笑んだ。
「すみませえん!テイクアウトでこれを頼みたいんですけど、ソフィーはどうする?」
「わたしは、ええっとドーナツのテイクアウトお願いします」
2人は俺が感謝の口をしたのにも関わらず、ヒビキには感謝の1つも言わないままテイクアウトメニューを頼んでいやがる!
傍若無人に奢ろうとする2人を見るヒビキの顔が、まるで生ゴミを見るような顔になってる。
ヒビキの視線なんて気にしないアリシアは、テイクアウトの注文を終えると。
「いやあ、あの3人の分も奢ってくれてありがとね」
「奢ってもええとは一度も言ってないけど?」
ソフィーも喋る。
「ごちそうさま!言う事聞いてやる券くれてありがとうね、ヒビキ!」
「お前にやった覚えはないぞ!」
「落ち着け、この2人にこれ以上ツッコんでもキリがないぞ!」
興奮するヒビキを宥めて落ち着かせようとした。落ち着いたヒビキはコップに入ったお冷を一気に飲み干し。
「ああもう!昼飯食うだけでこんなにも疲れるなんて」
「ごめんごめん、でもご飯奢ってくれてるのは感謝してるから、ね」
アリシアは嘆くヒビキに手を合わせて、気の緩んだ笑顔で謝った。
この笑顔は深く付き合いの長い人に出す物で、ここにいる人以外には見せない、勇者とは想えない明るい笑顔だ。
この笑顔を見せられたヒビキは口出しはせず、「ま、まあそう言うんだったら」と彼女を許す。
ヒビキは何かを思いだし、アリシアから俺に顔を向いて話した。
「そういえばキリヤ、お前パーティーから出ていって、今はどこで寝てるんだよ?」
「えっと、昨日はクエストの依頼主の所に泊まったから大丈夫だったけど、店長の所はカオルがいるから埋まってるし、今日は協会で寝ようかな」
俺が今日の寝床を考えていると、アリシアはキョトンとした顔で。
「何言ってるのよアンタ、ソフィーの部屋で泊まればいいじゃない」
「・・・・・・え?」
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