この腹がギガフロッグを依頼主に伝え、なんの輝きなのか、解体小屋に運ぶと早速腹を裂いて確かめることにした。
解体小屋に入ると、中央に数台の解体用のベットが並んで設置されていて、そのうちの端にある1台だけが血まみれになっていた。そのベットの周りは水樽と臓器や部位をそれぞれ入れるための樽も置いてある。
ベットと樽からは胃液や血の臭いが入口からでも強く感じることができる。悪臭というほどでもないが少し鼻に着くような癖のある臭いだ。
依頼主が「こっちに置いてくれ」とベットを叩きながら誘導する。俺とカオルは言う通りに青く輝くギガフロッグをベットに置いた。
腹を裂くのは依頼主が担当し、俺とカオルは立ちあい人として見る事となった。
「それじゃあいくよ」準備が整えた依頼主が合図を送り「どうぞ」と答えると、細長い肉切り包丁を取り出し、腹を割き始めた。
割くと同時に、包丁の刃と肉が擦る時に出てくる生々しい音が鳴る。割き口からはまだ固まってない血が湧き水のように溢れだし、そこから錆びた鉄のような血の臭いが漂い、それを嗅いでしまったカオルは顔色を悪くする。
今日分の疲れがここでのしかかったのか、クマが出来た瞳を何度も強く閉じては体はふらついて体制を戻そうとする、傍から見たら今でも倒れそうな感じだ。
「おいカオル、無理だったら離れて休んでもいいんだぞ、お前今朝ここに転生してから動いてばっかだろ?」
俺が休むよう注意しても、カオルは顔を横に振った。
「だってここで休んだらこんな経験は後から来ないかもしれないんですよ、お母さんとお父さんには二度と逢えないけど、こんなのは日本じゃ経験できないから」
「それに」カオルはここから離れない訳を言い、少し間を空けてまだ何か言おうとしてた。
「それにさっき見て覚えろって言ったじゃないですか?」
俺がはぐらかしに言ったあの言葉を真に受けて離れる気がないのか?
その時俺は想った、カオルは今朝この世界に転生したばかりだ、家族や友達と一生逢えないまま別れ、右も左も分からないここで自分なりに精一杯楽しく、頑張って、生きていこうとしてるんだ。
こいつはこいつなりの努力をちゃんとしてるんだと、この世界で生きていくとなった以上何かを見つけないといけない、だから疲れていても踏ん張っているのか!
この世界、特にエストリア公国とその周辺国では日に数百、数千と日本人がこの世界に転生して舞い降りてくる、なので俺たちは日本人がどんな凄い力を持ったって、どんな過去を持ったとしてもたいそう驚くことなんてない。
でもその日本人、一人一人がここに来た故の哀しさを背負い持っていることを、改めて思い知った。
ショウヘイと出会った時はそんなこと、想うことなんてなかったけど、こいつにはこんなところで想わせてくれるとは、それも出会っての初日にだ。
カオルに少しだけ、尊敬の念が芽生えてきた。こいつをただの馬鹿だと想ってた自分が恥ずかしくなってきたな、次からはちゃんと内面も見てこいつの道を支えてあげよう。
「だったら、見る時ぐらいは姿勢をちゃんとしろよな」
俺はふらつくカオルの体を、両手で身体を強く掴み、ふらつかないようにしっかりと支えた。
カオルを支えてしばらく、依頼主はギガフロッグを慣れた手つきで解体していたが、この個体には手こずったのか、それとも前例がないのか慎重に進んでいたため少々時間を掛けて、ようやく青く輝く物体を胃から取り出した。
物体は胃の半分かそれ以上の大きさであり、他の異物がこびりついているが、それを覆うほどの強い輝きを発していた。
「ちょっと待ってろ」と依頼主が傍に置いてある水樽から桶ですくい、異物を洗い流す。
異物を流し終えると、物体は均等に輝き、より美しい宝石へと変わった。
俺も含め、周りはこの圧倒すぎる宝石に固唾を飲む。
「ほうせき?」カオルがやっと呟くと、依頼主が反応する。
「そうみたいだね、こいつらが口にするのは大体、動植物と茸人族なんだけどこんなのを喰ったやつは初めてだな」
依頼主が驚くなら相当レアなケースだろう、俺は驚く店長にいくつか質問をしてみた。
「ギガフロッグはオイコ池に生息してるんですよね、その辺りに鉱山とかがあるって聞いたことありますか?」
「いや、聞いたことないな、だとしたらまだ見つかっていない鉱山か誰かが捨てたってのはないよなあ」
予測がつかないこの宝石に依頼主は頭をかいて悩む。
「とにかくこれどうしましょうか?」
「んーー」依頼主は少々考えて。
「これ明日にでも勘定して儲けを半分こにしようか」
「え!貰っていいんですか!?それも半分も?」
俺はこの案に驚きを隠さなかったが依頼主は軽いノリで返した。
「いいよいいよ、それにこれは君たちがやってくれたから手に入れたもんだから」
「本当ですか!ありがとうございます!明日でもいっしょに鑑定しに行きましょう」
今日はなんて素晴らしい日なんだ!一週間は掛かるクエストを初日で完了させて、そのついでにギガフロッグから取り出したデカい宝石を手に入れて、そんでもってその宝石の勘定したら半分も貰えるなんてこんなの最高だよ!
てかカオルの奴、こんな凄いものを半分貰えるのに反応が無いなんて何してんだ。
「おいカオル!お前も喜べよ、てかどこにいるんだよ反応ぐらいーーーー」
カオルの方を向くと、そこに彼女の姿がなかった。
どこにいるんだ?と見回すと、すぐ近くにカオルを見つけた。
後ろにある山積みにされた藁を布団のように、横になってぐっすりと寝ていた。
『いやお前の基準で動いたら疲れるのは当然だろ!』
疲れがたまり眠りについたカオルを、依頼主の家に入れて服を着替えて(依頼主の長女の服のサイズが見事に合っていた)、クエスト用に空いていた寝床に寝かせた後、外で店長にステータスに付いてるボイスチャットでクエストで起きた内容を報告した。
そしたら店長がその内容を聞いたらツッコミを入れてきた!
『いやだってよお、自転車とか持ってないから俺基本徒歩で移動が当たり前だったから』
『当たり前つってもな、お前らの当たり前は周りは異常なんだよ!』
店長の出すため息がステータス越しからでも聴こえてくる。
『てかクエストなんて今日は授受だけしてさあ、明日にやれば良かっただろ?』
『今日やっても問題ないかなって思ってたけど、問題が起きたちゃった』
店長のため息がまた聴こえる。
『それで、今晩は依頼主の方に泊まるって訳だよな?』
『ああそれで合ってるよ、飯もここでごちそうしてもらうから』
『分かった、また何かあったら連絡をよこせよな』
『はいはい、じゃあな』
俺からの別れを聞いた店長が、ボイスチャットを切ったのを確認したらステータス画面を閉じる。
通話が終わった俺は景色を眺めた、日は既に暮れて、ここに来た時の青空は夜空へと移り変わり、宙に浮かぶ三日月と無数の星空の輝きが夜を照らしてる。
それを眺めたせいなのか、なんとも言えない疲れが一気にのし掛かった。
少し休もうと、その場で家の壁に背中を預け、鈴虫の鳴く夜の涼しさに浸りながら今日の出来事を思いだす。
昨晩、幼馴染みからパーティーから出ていくよう頼まれ、出ていった日に泣きじゃくったカオルと出会い、この世界のことを少し教えて、店を開きたいカオルのために、その資金集めとしていきなり彼女に見合わない駆除クエストをいきなりやって。
パーティーでいた頃は、ショウヘイとシャルロットとミスリットのレベルに合わせて少しレベルの低いクエストをこなして、3人のレベルを上げていた。
そのせいなのか、少々身体が鈍ってしまったのだろう、それか日々の溜まった疲れが今に来ているのかもしれない。
そう思いながら、夏の夜空が吹いてくれるそよ風に癒され、この疲れを取る。
少し風に当たると、草をテンポ良く踏み、足音を立てながら依頼主がこちらに近づいで来た。
「こんな所、独りで何してんだ、風邪引いちゃうぞ」
「いや、ちょっとここの景色が綺麗ですからつい」
「まあいいさ、君の相方の子が今起きたから、もし良かったら私たち家族といっしょに夕食でもしないかと」
「カオルはなんて答えてました?」
「お願いします、て大きい声を出して土下座してたよ」
「そうですか、それじゃあ今晩はお願いします」
「いやいや、クエストの要項に入れたからやるのは当然だよ」
「それじゃあ家に入ろう」依頼主が手招きをすると、俺は壁に預けた背中を離し、家に入る。
家に入ったところで依頼主が話しかけてきた。
「次いでだけど、次の駆除の時もやってくれないかな?昔は勇者とか高レベルの人たちが快く引き受けてくれてたけど、最近は駆け出しのパーティーしか来ないから次もやってくれたら嬉しいんだが」
依頼主の快い頼みに、俺は内心喜ぶが断りを入れる。
「頼んでくれるのは嬉しいんですけど、俺たち、というか彼女の店を開くための資金集めでクエストをやっているので、次の駆除にはやっているかどうか」
「そうか、今度また会えるといいね、それじゃあご飯にーーーー」
「ちょっと待ってください、このパーティーなら多分次の駆除の依頼を喜んでやると思います」
依頼主の話しを中断させた俺は、紙とペンをポケットから取り出して連絡を書くとそれを依頼主に渡した。
依頼主はこれに不思議がり。
「これは一体?」
「これに書いてるのは俺が前加入していた勇者パーティーで、今は金なし喰うものなしですからクエストには食い付きますよ」
「勇者パーティー!今時こんなクエストを引き受けてくれるパーティーなんてあるのかい!」
依頼主が驚くのも無理もない、勇者の称号を得た人間は世間からは英雄として扱われる、英雄と呼べる者だから人間としても出来ており、困った人たちを一番に助けたり、それこそ無償で依頼を引き受けてたりもしてた。
でもそれは昔のことだ。世間がパーティー業に目を向いてる現在では勇者には輝かしい活躍と功績を期待しているため、このようなクエストを引き受けてたくれなくなった。
もし引き受けてもしまったら、外野たちからは「だらけてる」「勇者らしいことをちゃんとしろ」とか、その勇者を無意味に叩き居場所を追いやり、人生を破綻されるからだ。
実際それをやられて人生を壊された勇者は存在する。だから今の勇者は見かけだろうが、なんとしてでも功績を得るために高レベルな討伐やダンジョン攻略など、世間が好奇な目になるようなクエストしかやらなくなった。
アリシア・クロノスという勇者を除いて。
「その勇者は女性で若いですけど、古き良き勇者を描いたような人だから引き受けてくれますよ、あとこのパーティーは新人育成のような物ですから、そこは解かってください」
勇者パーティーだからってメンバー全員が高レベルじゃないてのを念入りに教えないと、後で問題が起きたらこっちも困るからな。
「それでも助かるよ、今日はなんだがーーーー、君たちに出会って本当に嬉しいよ」
依頼主の崩れたような喜んだ表情を見てると、自分も嬉しい気分へとなり口元が緩んでしまう。
「おとうさああん!ご飯が冷めちゃうから早く来て!!」
長女の呼び出しで夕食だというのを忘れた俺と依頼主は、早歩きでみんなが待っている食卓へと行き、明るく夕食をとった。
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